FALKTALE ARTS THEATER 劇団 民話芸術座

全国の小・中・高等学校での公演(芸術鑑賞会)を中心に、子どもはもちろん大人も楽しめる芝居創りを続けています

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民話芸術座について

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「子どもたちにこそ、最も質の高い劇を見せることを最高目標にすべきだ」

これは俳優教育の第一人者であった、亡き冨田浩太郎(俳優・当劇団顧問)が常々口にした言葉です。
なぜなら、子どもたちに見せることは、東京の舞台で観客に見せるより数倍・数十倍の影響を与えるからです。
当劇団は1976年の創立以来、日本全国の小・中学校の体育館での巡回公演を中心に、子どもはもちろん、大人も楽しめる芝居創りを続けています。

次代を担う子どもたちに伝えたい「優しさ」「思いやり」「勇気」私たちの作品は、そんな暖かさに溢れています。当劇団は民話劇を中心に、年間約500ステージの公演を行っています。民話を素材にした作品やシェイクスピア、チェーホフ、モリエールなどの古典、オリジナルのミュージカルまで、様々なジャンルに挑戦。TV、映画、アニメと活動の場を広げるとともに、近年は手塚治虫作品をレパートリーに加え、更なる躍進を続けています。

主催

小村哲生の顔写真

小村 哲生

劇団民話芸術座は、創立以来「健気な風景」の中の本当の優しさや勇気をテーマに数々のレパートリーを全国各地で公演して参りました。こうして創立40周年を迎える事ができましたのも、ひとえに皆様方の御指導・御鞭撻の賜物と劇団員一同、心より感謝致しております。
さて、本日御覧頂きます手塚治虫先生原作の「カノン」は実は10年前、30周年記念公演で上演したかった作品なのです。しかし、私が10代の頃に出会い、公私共に強い影響を受けた、冨田浩太郎氏が2004年6月10日に亡くなり、追悼公演として冨田浩太郎の青春時代の不思議な思い出に捧げる「見果てぬ夢」を上演致しました。あれから10年。40周年を迎え、やはりいくら感謝してもしきれないのが、創立以来劇団顧問として民話芸術座を支えて下さった我が師冨田浩太郎です。師が残して下さった「子どもたちにこそ最も質の高いものを与えるべきだ!」という言葉を劇団の最高目標として、今後も努力精進して参ります。どうか皆様、今後とも変わらぬ御指導・御鞭撻を賜ります様、よろしくお願い致します。

(2016年夏 劇団民話芸術座創立40周年記念公演「カノン」公演パンフレットより)


1974年、映画「野球狂の詩」で俳優としてデビュー。TV・映画で活躍しながら、1976年『劇団民話芸術座』を創立。「太陽にほえろ」「西部警察」「刑事貴族」などに、もっぱら悪役として出演。最近では外国映画の吹替えや「るろうに剣心」「テニスの王子様」「エウレカセブン」NHK教育「おじゃる丸」エンマ大王役やNHK「火の鳥」猿田彦役などアニメの声の出演も多い。俳優としての活動も続けながら、子どもたちに観せる芝居創りに情熱を注いでいる。

劇団顧問

冨田浩太郎の顔写真

冨田 浩太郎(俳優)
2004年6月10日永眠

1976年の創立以来、民話芸術座は全国の小・中学校の巡回公演を続け、めざましい活動を行っています。そして、このような活動は他の劇団から見ると到底信じることのできない奇跡的な活動状況で、なぜこのような成果を挙げることができたのか…それはやはり民話芸術座の代表・小村哲生氏のたゆまざる情熱と統率力であり、さらにはまた劇団員の骨身を惜しまぬ奮闘努力に負うところ…というほかはないでしょう。そして、相談役としての私が創立以来言い続けてきたことは、次のただ一つのことでした。
「子どもたちにこそ、最も質の高い劇を見せることを最高目標にすべきだ。なぜならば、子どもたちに見せることは、東京の舞台で観客に見せるよりも、数倍、数十倍の影響を与えるからだ。その価値を自ら認めるならば、その重大さに恐れおののくべきだ」
これからもさらに質を高めつつ、できる限り多くの子どもたちとのふれ合いができるよう、心から先生方や父母の方々のご支援をお願い申し上げる次第です。

(1992年度版「河童の笛」公演パンフレットより)


舞台、映画、テレビなどで多数の出演作品がある。自作自演によるTVドラマ「うぶ声」で、第18回芸術祭奨励賞受賞。著書「俳優の音声訓練・せりふと朗読のための実験」「舞台と映像・せりふと朗読のための実験」(以上未来社刊)。富田靖子・中井貴一・松下由樹・福山雅治他多くのスターが冨田浩太郎の映像演技の訓練を受けて芸能界へデビューした。


柴田秀勝の顔写真

柴田 秀勝
(RME所属 RME会長)

みんなそろって共有する、共感する。それが、お芝居。人は、笑って、泣いて、感動しながら成長してゆく。大人は人生という長い道のりを歩きながら身に付けてゆき、子どもは大人達から笑って泣いて感動することを教えられて育ってゆく。民話芸術座は演劇を通して物語を通して、子どもたちに笑いと涙と感動を伝えています。私が民話芸術座の座友として参加をさせてもらって三十数年、日頃アニメーションという仕事を通していろいろなメッセージを子どもたちに送り続けてきた私も、座友として参加していることに日々誇りを感じております。お芝居を通して子どもたちが献身・勇気・忍耐・尊敬することを学んでほしい。そんな思いを込めて今日も、私たちは全国巡業の旅に出ます。


声優として長いキャリアを持つ、現役のベテラン俳優。手塚治虫原作「火の鳥」で、目で見る交響詩としてのシンフォニックドラマを完成。TVでは多くの番組でナレーションを担当。アニメは「タイガーマスク」のミスターXや「マジンガーZ」のあしゅら男爵、近年は「NARUTO」「ONE PIECE」「鋼の錬金術師」などの作品で独特の渋い声を披露している。


井上和彦の顔写真

井上 和彦
(B-Box)

「子どもたちにこそ最も質の高いもの与えたい」という思いから小村哲生氏が劇団を立ち上げたのは、20代の時だったという。一口に劇団を作ると言っても簡単な事ではない。自分で脚本・演出・出演と、寝る間も惜しんで全国を廻り続けた。
それから三十五年…。その情熱は劇団員一人一人に確実に受け継がれている。優しさと情熱に溢れた劇団員の稽古を観ているだけで熱いものが込み上げてくる。みんな本当に芝居が好きだ。全国を廻ってクタクタな筈なのに帰って来ると直ぐに稽古に入る。より良い芝居をするために!
そんな民話芸術座のお芝居を観られるのは幸せな事だ。私も先日、山梨の学校に観に行かせて頂いた。芝居を観る子どもたちの目は、キラキラ輝いていた。「子どもたちに夢を…」民話芸術座の思いはこれからも続く…。


外国映画の吹き替え・アニメ・CM・ナレーションなど声優として第一線で活躍する一方、音響監督や若手俳優の育成など幅広い分野で才能を発揮している。代表作は「美味しんぼ」の山岡士郎、「タッチ」の新田明男、「サイボーグ009」(島村ジョー)、「NARUTO」(はたけカカシ)「夏目友人帳」(ニャンコ先生)海外ドラマ「LOST」(ジャック)、トヨタ自動車「レクサス」(CMナレーション)他多数。

STAFF

大野真澄の顔写真

大野 真澄(音楽監修)

民話芸術座の音楽にたずさわって、どれほどの年月が過ぎたでしょうか。そしていつも思うことなのですが、脚本を読ませてもらうたびに僕の頭の中は、幼い日々の風景や、あの頃の素直な自分が戻ってくるような感じがします。いや、感じではなく、たぶんすごく素直な気持ちで物語を受け入れてしまっているんです。
幼い頃に聞いた童謡というか音楽というのは、何でも新鮮でした。だけどはっきり言って、どうしても好きになれない曲があったのも事実です。今でも、ポピュラーソング・歌謡曲、その他いろんな楽曲が溢れています。その中には、当然僕には受け入れられない曲もあります。やはり、ニュートラルな頭の中に自然に溶け込んでしまうような、大自然の風景に接した時、僕たちは無条件にそれを受け入れてしまうように、無理のない判りやすく素直なメロディー。誰にでも自然に受け入れてもらえるメロディー。そんな曲が出来ればと、民話芸術座の音楽にたずさわっています。素直な気持ちで触れ合える人と人とのことを思い起こさせてくれる、民話芸術座の公演。本当に大切にしたいと思います。

(1995年度版「杜子春」公演パンフレットより)


1970~75年に“ガロ”のボーカルとして活躍。「学生街の喫茶店」が大ヒット。解散後はソロ活動を開始するとともに、他アーティストのプロデュースや、ミュージカル・映画などの多岐にわたる音楽ジャンルで才能を発揮。民話芸術座との付き合いは30数年に及ぶ。


勝山俊一郎の顔写真

勝山 俊一郎
(作曲・アレンジ)

イントロ、テーマ、サビ、エンディング……楽曲作りをしていると、芝居づくりとの共通点が実に多いことに気づく。舞台と曲をシンクロしつつ考えてみよう。
イントロで心をひきつける。テーマで、その世界に引き込む。サビでは、盛り上がりとともに、いい意味での裏切りも必要だろう。そしてラスト……。
観終わった後、心の奥に沁み入りいつまでも脳裡に残る舞台であったら、聴き終えた後、もう一度聴きたいと思われる曲であったら、どんなにいいだろうか。そんなことをいつも願いつつ、民話芸術座の仕事に参加させてもらっている。その願いが現実化されているかどうかは、舞台をご覧になったみなさんの判断におまかせしましょう。音楽が、美味な芝居の香辛料になっていれば、幸いである。

(1993年度版「鬼の小槌」公演パンフレットより)


6歳よりピアノ・ドラムを学び、慶應義塾大学在学中、第1回アレンジャー協会音楽祭に入賞(歌唱・小柳ルミ子)。卒業後編曲を学び、昭和55年第1回古賀政男記念音楽大賞で最優秀曲賞グランプリを受賞。(歌唱・岩崎良美)その後フリーの作・編曲家としてマイペースな音楽活動を続けている。


沖野隆一の顔写真

沖野 隆一
(照明)

座長の小村さんの男らしさは半端ではない。私よりいくらか弟世代に属するが、こういう兄貴がいたら頼もしいなぁ、といつも思う。同じ鹿児島出身でこうも自分と違うのか、といつも思う。
久しぶりに劇団員の皆さんと稽古場でお会いして、皆さんの小村さんを信頼し切った眼差しを目撃すると、この関係性こそが、劇団を40年も継続させて来た大きな要因である事が分かる。

(2016年夏 劇団民話芸術座創立40周年記念公演「カノン」公演パンフレットより)


照明デザイナー。
1982年有限会社ステージングを設立。(現・リュウコネクション)平成5年度文化庁芸術祭大賞受賞(新宿梁山泊/作・唐十郎)「帝国こころの妻」(作・秋元松代)で、平成8年度日本照明家協会奨励賞受賞。


宮原修一の顔写真

宮原 修一
(舞台美術)

幕が開くとパーッと目に飛び込んでくる世界。昨日までは、そこに演台があったり、朝礼がなされたり、体育の授業などの時は何か隅の方に追いやられたみたいな格好の体育館のステージ。移動劇団などの公演の時は、緞帳が引かれていて、何ともワクワクさせる。そんな子どものころの記憶があります。

絵画彫刻では表現できない面白さが劇中にはあります。そして、皆さんの眼に映るまでは、劇作家・演出・照明・音楽、それから舞台美術等々。様々なパートの人たちのゼロからの創造作業があるのです。そして素晴らしいステージが作り上げられ、華やかに展開すると、苦労が吹き飛ぶのです。舞台という大きな華を咲かせる為に、私も民話芸術座のスタッフの一人として頑張っています。最後に大劇場の舞台装置と違い、体育館での装置は、移動の車の大きさ、重さ等から、かなりコンパクトにしなければなりません。でも、きっと大劇場の舞台装置に負けないだけの世界が感じられるはずです。

(1993年度版「鬼の小槌」公演パンフレットより)


舞台美術家。演劇、ミュージカル、オペラ、コンサートなどの美術を手掛ける。海外での活動も目覚しく、ブロードウェイミュージカル「はだかの王様」やビリー・ヴォーン楽団、グレン・ミラー楽団、アルフレッド・ハゥゼ楽団、'96年ポーランド・ワルシャワオペラ座などの様々な舞台で活躍した。作品数は年間約80本に及ぶ。
2008年11月23日永眠。民話芸術座のために、これまで多くの舞台美術を残してくださいました。

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